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福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)683号 判決

控訴人

株式会社親和銀行

右代表者

犬塚時夫

右訴訟代理人

安田幹夫

安田弘

最所憲治

村岡富美子

被控訴人

松本一郎

被控訴人

有限会社

小柳蒲鉾店

右代表者

小柳みよ

右両名訴訟代理人

山田正彦

金子寛道

嶺亨祐

主文

一  原判決を左のとおり変更する。

(一)  被控訴人らは、控訴人に対し、金一二五〇万円及びこれに対する昭和五四年二月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

三  本判決一項(一)は、被控訴人らに対し各金二〇〇万円の担保を供して、それぞれ仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人らは、控訴人に対し一二七〇万円及びこれに対する昭和五四年二月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人らは「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加し改めるほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決三枚目裏五行目の「直野に対する」の次に「前記2記載の債権に関する」を、同七行目の「有する」の次に「弁済期の到来した」を、同八行目の「かつ、」の次に「元本合計」を挿入し、同九行目から一〇行目にかけて「昭和五四年(ル)(ヲ)第一五五号、第二〇三号」とあるのを「昭和五四年(ル)第一五五号、(ヲ)第二〇三号」と改める。

(二)  同四枚目の「これに対する」の次に「弁済期到来後である」を挿入する。

(三)  控訴人の補足的主張

債権仮差押の執行がなされ、その後本案判決による本差押、取立命令が執行されると、仮差押執行の効力は本差押に継承されることとなる。そこで、仮差押の申請は所期の目的を遂げ、その手続は終了する。このことは、あたかも訴訟手続が判決の確定によつて終了するのと同様であるところ、訴訟手続においては、民訴法二三六条一項により、判決の確定に至るまでは訴を取り下げることができるが、確定後は取り下げることができないのであるから、仮差押申請の取下に右訴取下の規定が準用されるとすれば、その規定の趣旨からすると、仮差押申請の取下は仮差押手続が本差押手続に継承されるまでに限り認められるのであつて、それ以後の取下はできないと解すべきである。したがつて、仮に本差押の後に仮差押申請が取り下げられたとしても、それは無意味な行為であり、手続上無効というべきである。

仮に、右のような仮差押申請の取下が無効でないとしても、該取下に伴う民訴法二三七条一項の遡及効は、訴訟法上の効力に限られ、実体法上の効力には関係がない。つまり、仮差押によつて生じた処分禁止の効力は消滅しないと解すべきである。

(四)  右に対する被控訴人らの反論

保全手続は債権者が後日なすべき強制執行につきその実効性を確保することを目的とするものであるから、その目的が終局的に達せられるのは、強制執行が功を奏して債権者の権利の実現が図られた時点であるということができる。即ち、確定した本案判決に基づき強制執行が開始されたとしても、それをもつて保全手続は目的を達したとして終了するものとみることはできず、債権者が権利の終局的な満足を得るまでは、保全手続はその目的を達せず存続するものといわなければならない。したがつて、判決が確定することにより手続の目的が達せられることになる判決手続に関する民訴法二三六条一項を保全手続に準用するとしても、同条項の「判決ノ確定ニ至ル迄」という文言は、「債権者が権利の終局的な満足を得る迄」というように修正する必要があるから、本件仮差押申請の取下は有効であり、仮差押による処分禁止効は同手続がまさに目標とするところであるから、同法二三七条一項により、右処分禁止効も遡及的に消滅すると解すべきである。

(五)  証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実はすべて当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被控訴人らは昭和四六年七月二日直野に対し本件債権のうち二〇万円を弁済したことが認められる。

二次に、控訴人が昭和四六年八月三一日直野に対する債権に基づき本件債権につき仮差押決定を得、その頃同決定正本が被控訴人らに送達されたことは当事者間に争いがないところ、被控訴人らは、直野が同年七月八日橋本に対して本件債権を譲渡したと主張するけれども、右譲渡につき民法四六七条二項に定める確定日附ある証書をもつてする通知又は承諾がなされたことを認めるに足りる証拠はないから、仮に右債権譲渡がなされたとしても、これをもつて仮差押債権者たる控訴人に対抗することができないというべきである。

右の点に関し、被控訴人らは、民法四六七条二項に定める確定日附ある証書をもつてする通知又は承諾は、確定日附ある証書に通知又は承諾の意思表示が明示されている必要はなく、他の証拠とあいまつて、通知又は承諾をする趣旨で作成されたものと認められる確定日附ある証書があれば足り、本件乙第一号証(金銭消費貸借契約公正証書)は右確定日附ある証書にあたる旨の主張をするが、右規定は、通知又は承諾という行為につき確定日附ある証書を必要としたものと解すべきであることは通説、判例であつて、乙第一号証がかかる証書にあたらないことは明らかであるから、被控訴人らの右主張は採用することができない。

三ところで、控訴人が本件債権に対する本差押及び取立命令を得た後である昭和五五年七月一四日、右債権に対する仮差押申請を取り下げたことは当事者間に争いがないので、右仮差押申請の取下が効力を有するか否かについて検討する。

一般には、仮差押が本執行に移行した場合、仮差押はその時点において目的を達し、将来に向かつて失効するといわれているが、既往において生じた仮差押の効力についても、それを基礎として本執行がなされることからして、本執行に包摂されて独自の存在を失うものと解すべきである。もつとも、本執行は仮差押によつて保全された請求権の満足を目的とするものであるから、本執行が右請求権満足の目的を達し得ないまま何らかの理由で存在を失うときは、本執行の消滅事由が仮差押の消滅をも包含すると認められる場合を除いて、仮差押は独自の存在を回復するものと解するのが相当であるが、仮差押が本執行に移行している限りにおいては、債権者は本執行に包摂されて独自の存在を失つている仮差押自体の申請を取り下げることはできないといわなければならない。かように解しても、債権者が本執行を維持しながら仮差押の申請のみを取り下げる実益は皆無に等しいから、何ら債権者の自由意思を不当に制限するものではないし、仮差押に違反した債務者らに不測の損害を与えることにもならないのである。

そうすると、控訴人のなした前記仮差押申請の取下は無効であるといわざるを得ないから、該取下後においても、被控訴人らの主張する本件債権譲渡及び弁済は、これをもつて控訴人に対抗することができないものである。

四叙上の次第で、被控訴人らは、控訴人に対し、本件債権残額一二五〇万円及びこれに対する弁済期到来後である昭和五四年二月一七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるので、控訴人の本訴請求は、右の限度で正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

よつて、右と異なる原判決を主文一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条前段、八九条、九二条但書、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(美山和義 谷水央 江口寛志)

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